■医原性疾患とRestortive Cycleについて
わが国における抜歯の原因調査によると齲蝕が最大の原因であることが明らかである、国民皆保険による平均受診率が欧米に比較して高い環境で、齲蝕の初発から放置されたまま抜歯に到るケースは稀と思われ、大多数が齲蝕の初発から再治療を繰り返す過程で悪化していく、いわゆるRestorativeCycleのケースであると思われる早期発見、早期治療の方針もとに、不適切なシーラント充填にはじまってClassⅠ→ClassⅡ→オンレーあるいはクラウン→エンド→抜歯の順序で悪化することは、わが国の疫学的調査でも立証されている。
ここで、問題になるのは、悪化の原因に歯科医師の不注意な治療行為や未熟な技術(Technic Error)による医原性疾患(Iatrogenic disease)がかかわっているか否かである。私も自分自身の患者で過去に行った2級インレーやクラウンの接触部の隣在歯齲蝕を多く経験しており、エアタービン等の回転切削時の不注意が原因と推測され、患者に対する悔恨の念にさいなまれる思いをしている。最近は歯冠形成には隣在歯との間にメタルストリップス等を介在させながら、細心の注意をはらって形成を行うように努めてはいるが、回転切削の欠点をすべてカバーするところまではいたっていないのが実情である。スウェーデンのEckerbomらの疫学研究によると、無髄歯が有髄歯に比較して歯牙喪失に影響する大きな要因となっている。わが国では数少ない疫学調査であるが、安藤らの歯髄保護の重要性の根拠について疫学的観点から論じた研究からもわかるように、歯髄を保存する事が歯牙の永久保存には必要条件であり、歯髄に障害を与えるような治療行為は避けるべきである。一般に行われている窩洞形成時の加圧・振動をともなう回転切削法による歯牙の切削はバーのブレードやダイヤモンド粒子が使われており、歯牙組織を細かく砕く作用によって削るため、歯の表面に微小なヒビや割れが生じ、これが咬合圧や時間の経過とともに広がり歯牙の破折や二次齲蝕の原因になると考えられている。また歯とバーの接触面では摩擦熱が生じ、その熱が象牙質細管内液の内方向への移動(Hydro dynamic theory)を引き起こし痛みの原因とされている。さらに象牙質にいたる窩洞形成では、象牙芽細胞の傷害を引き起こすことは多くの基礎研究で実証されている。このように歯髄組織に刺激が伝達され、歯髄に反応が起こることは同時に歯髄神経を刺激して疼痛発生の原因になるのは明らかであるのみならず、場合によっては歯髄組織に炎症性の反応を惹起させることが知られている。エアタービンによる切削では、歯髄に対する傷害が大きく、十分な注水冷却が不可欠であるが、実際の臨床では切削部位によって注水が到達しえないこともあるため、歯髄傷害を起こしていると考えられる。また、歯髄が熱だけでなく切削時の過度の振動にも反応することは十分に推測され、骨を通して効率よく伝わり増幅されるため、患者の多くがこの振動によって痛みや不快症状を訴えることがある。歯冠形成で歯髄の生死に及ぼす影響について調べた研究では、修復後3年から30年経過したのもで全部被覆冠では13.3%の歯牙に歯髄壊死が生じており、修復されていない歯の場合の0.5%と比べて有意に高率である。現在は定説になっている象牙質・歯髄複合体(Dentin Pulp complex)という観点から、象牙質ならびに歯髄に傷害になるような切削法は可及的に避けたいものである。